大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)2032号 判決
原告 豊川忠一
被告 日本電信電話公社
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は原告が旧船場局四八二六番電話加入権を有することを確認する。被告は原告から電話架設費用の納付を受けると引換に右電話を原告の肩書場所に架設せよ、被告が右電話を架設しないときは被告は原告に対し金二十万円を支払え、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並びに右金員支払につき仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として被告は日本電信電話公社法施行法第三条に依り昭和二十七年八月一日従前国が有する電話業務に関する一切の権利義務を承継したものであるところ原告は旧船場局四八二六番電話加入権(昭和十八年十月までは船場四八三六番であつた)を有し大阪市東区北久宝寺町四丁目三番地に架設されてあつたが昭和二十年三月戦災により焼失した。原告は昭和十三年一月信田山野砲隊に入営し引続き支那大陸、スマトラに転戦し昭和二十二年五月十五日復員したのであつて原告の不在中実父忠進に右電話の保管を委ねていたので同人は昭和二十一年堀川局に焼失電話の届出をした。原告は復員後再起の準備を整え昭和二十六年春頃右戦災電話の復旧架設を出願したところ意外にも原告加入の右電話加入権は既に他人名義に変更されていて転々として局名及び加入名義が変更せられ目下所属局及び加入名義人が判明しないから調査判明次第回答するとのことであつて爾後十ケ月を経過するも何等の回答にも接しない次第である。父忠進は電話取扱局に届出の原告の印章を厳重に保管し何人の使用をも許さなかつたのであつて若し原告の右電話加入名義が原告の不知の間に変更されているものとすればそれは電話局の事務担当職員の過失によつてなされたものであるから其の変更は法律上無効で原告は依然として被告に対し右電話加入権を有するものである。よつて原告は被告に対し右電話加入権を有することの確認を求めると共に右電話加入契約に基いて原告より右戦災電話の架設費用の納付を受けると引換えにこれを原告の肩書住所に架設することを求め併せて若し被告側の事情により右電話を架設することができないときは被告の債務不履行により原告が右電話加入権を失つたと同一の損害を被ることとなるから被告の原告に対し補填すべき右電話加入権の市場購入価格金二十万円相当の損害賠償を求めると陳述し被告の答弁事実を否認する。電話加入権が国又は其の承継人である被告と加入者原告との契約によつて生ずる債権債務関係を内容とする財産権であることを前提とする原告主張に抵触する被告の主張はすべて理由がないと述べた。<立証省略>
被告代理人は主文同旨の判決を求め答弁として原告加入名義にかかる原告主張の電話が昭和二十年三月戦災により焼失したこと原告が昭和二十一年右焼失電話の届出をしたこと及び原告が昭和二十六年八月二十二日右電話の復旧架設を出願したとき被告が同月三十一日附書面を以て原告主張のような回答をしたことは争わないけれども其の余の原告主張事実を争う。原告が昭和十一年十月十九日以降有していた原告単独加入名義の旧船場局四八二六番電話加入権につき昭和二十一年七月五日大阪中央電話局に対し譲渡人を原告、譲受人を京都市上京区下鴨中川原町九十一番地訴外沢田収二郎とする電話加入権譲渡承認請求書が提出されたので係職員は其の書類を審査し適法な請求と認め右譲渡を承認した。其の後昭和二十二年一月十四日訴外沢田収二郎は右電話加入権を訴外斎藤貞一郎に適法に譲渡し同年六月二十五日伏見局二三一二番として開通し現在同訴外人が本件電話の加入権者となつている。
(一) 従つて原告が右電話加入権の譲渡が無効であることを主張し右電話加入権が原告にあることの確認を求めるにつき被告は当事者適格を有するものではない。何となれば被告は法規の定めるところに従い現在の加入名義人に対し電話を使用せしめる義務を負担するだけであつて原告が本件電話加入権を有するか否かの確定について法律上相対立する利害関係を有するものは加入原簿上本件電話加入権につき加入権者となつている訴外斎藤貞一郎であつて被告ではない、電話加入権の譲渡が原則として当事者の自由に委ねられている建前上本件電話加入権の真の権利者が原告であろうとはた又訴外斎藤貞一郎であろうと被告の利害に何等影響を及ぼすものではない。電話規則第六条第一項に加入者は一加入につき一人たるべき旨規定されているからたとい本訴訟において原告が加入権者であることが確認されたとしても右判決の既判力は現在の本件電話加入名義人訴外斎藤貞一郎に及ばないことは勿論同訴外人と共に原告を加入権者として併存させることができないため結局紛争は依然として未解決のまま残され原告が被告を相手方として本件電話加入権者であることの確認判決を求めることが法律上無益に帰するからである。
(二) 原告は電話架設費用の納付と引換に本件電話の復旧架設を請求するけれども前記のように一加入につき加入権者は一人に限られ既に訴外斎藤貞一郎という加入権者が存在している以上同一電話加入権につき原告のために更に電話を架設することが法規上許されないことは明白である。
(三) 原告は被告に対し損害賠償を請求するけれども若し本訴において原告の主張するところが事実であるならば原告は現加入名義人である訴外斎藤貞一郎に対し本件電話加入権名義変更請求の訴を提起し勝訴の判決を得れば被告において何時でも原告名義に変更するものであるから被告が本訴において原告の請求を拒否するにより原告は電話加入権を失つたことと同様の不利益損害を被ることがあり得ない故に原告の被告に対する損害賠償の請求は理由がない。
(四) 本件電話加入権の加入名義を原告より訴外沢田収二郎に変更せられるにつき加入事務取扱局職員が右双方の電話加入権譲渡承認請求を審査承認した手続に何等の過誤がない。電話売買業者訴外新谷林三が昭和二十一年数多くの戦災電話と共に何人かより本件電話を購入するに当り所属電話官署において加入譲渡承認請求書類に押印されている原告の印章と所属電話官署に届出られている印鑑票の原告の印鑑とを照合の上符合することを確認して後売買代金の支払を完了し約八十本の焼失電話と共にこれを電話売買業者訴外板倉[金小]夫に売却し同訴外人が昭和二十一年七月初頃京都市伏見区京町一丁目酒造業訴外斎藤貞一郎に対し電話二本を売渡した。同訴外人は内一本を自宅に架設し他の一本を実弟訴外沢田収二郎の前記自宅に架設するために購入したものであるが偶々其の電話が原告加入名義の本件戦災電話であつて訴外沢田収二郎の白紙委任状を訴外板倉[金小]夫に託して電話加入権の譲渡承認手続を委任した。訴外板倉[金小]夫が同月五日所属電話官署に対し本件電話加入権の原告より訴外沢田に対する譲渡承認を請求したので電話加入事務規程に従い受付係員が右譲渡承認請求書に押印されている印影が原告の届出た印鑑票の印鑑と符合するか否かを照合し同一であることを確認した上右譲渡承認請求書を受付け更に受付主事、主事、の各印鑑照合手続を経て加入課長の決裁により右譲渡が承諾され直ちに新旧両加入者に譲渡承認の通知が発せられたのである。右電話局のする電話加入権の譲渡承認の審査は印鑑照合の形式的審査に尽きるのであるから従前から慎重に行われる印鑑照合に過誤のあつた事例は絶無である。元来加入電話原簿なる公簿の記載は適法に作成せられ且つこれに記載せられた事項は真正なものとの推定を受けるものであるからこれと争うためには単に右事実を否認するのみでは足りず積極的に届出印章の盗用等不正手段により原告から訴外沢田収二郎に対し本件電話加入権の譲渡手続のなされたことを主張立証されねばならない。仮りにそうでないとしても前記の通り電話売買業者及び所属電話取扱局の両者において数回に亘り慎重な印鑑照合がなされているのであるから右事実よりして加入譲渡承認請求書中の原告の印影と電話局保管の原告の印鑑票の印鑑とが符合していたという事実は十分推定されるところであるから原告において右推定を覆すために印章の盗用等不正事実の存在を原告において主張立証せねばならない。
(五) 仮りに原告が其の主張の通り本件電話加入権を有するものと仮定するも原告は現在駐留軍伊丹飛行場雇員として枚方市岡二百八番地に居住するところ本件電話の所属を船場局より枚方電報電話局に変更することは旧電話規則第三十三条に規定する指定の電話官署相互間の指定に包含されていないから右電話の所属変更は許されない。又原告の実弟の現在居住する大阪市北区天満橋筋三丁目三十六番地は原告の現在における居所、住所又は業務に使用する場所に該当しないから公衆電気通信法第二十八条に違反し加入契約の解除原因となるからこれ亦不可能である。仮りに原告が大阪市北区天満橋筋三丁目三十六番地に居住するものとするも本件戦災電話の復旧架設を行うためには右電話設備を収容する堀川電話局の局内空設備及び空線路設備に応じ法令に定める順位に従うべきところ其の復旧架設は第七順位に該当し第一順位から第六順位までに該当するすべての移転申請所属変更架設申請、動員復旧、戦災復旧、新規加入申込等の各申請に対する架設工事を終了した後でなお局内施設と線路設備の双方に空施設あるときに始めて復旧工事に着手せられるところ昭和二十四年以降戦災復旧申請書中第七順位該当のものは一件も復旧されておらず昭和二十八年九月末現在で堀川電話分局で総数五千五百六十七件の未架設ある現状であるから原告の電話架設の請求は此の点においても失当である。
(六) 又被告が戦災電話の復旧架設工事を完了し原告の使用できる状態に置くためには装置料四千円は勿論のこと電話設備費負担臨時措置法第三条第一項に依り電話設備費三万円の支払と電信電話債券四万円を引受けねばならないから原告主張の本件戦災電話加入権を失つたことによる損害は現在開通する加入電話の市場価格より少くとも右費用負担金七万四千円を控除されねばならない。
以上何れの理由によるも原告の本訴請求は失当であると陳述した。<立証省略>
三、理 由
原告が旧船場局四八二六番電話加入権を有し大阪市東区北久宝寺町四丁目三番地に架設使用していたところ昭和二十年三月戦災により焼失したことは当事者間に争がなく右旧開設電話加入権は戦災により電話機械が焼失し設備復旧前においても電話規則の定めるところに従い加入権者の自由な譲渡処分が認められていたことは本件口頭弁論の全趣旨に依り原被告双方間に争のないところである。成立に争がない乙第一号証の一、二同第二号証並びに証人新谷林三同板倉[金小]夫同沢田収二郎同池上久夫の各証言を綜合すれば原告を加入者とする右電話加入権が昭和二十一年電話業者訴外新谷林三同板倉[金小]夫に順次売買せられ更に売買により訴外板倉[金小]夫より転得した訴外斎藤貞一郎が其の実弟京都市上京区下鴨中川原町九十一番地訴外沢田収二郎を譲受人、原告を譲渡人とする右電話加入権譲渡承認請求書を所轄大阪中央電話局に提出し昭和二十一年七月五日原告より訴外沢田収二郎に対する右譲渡が承認せられて加入電話原簿に其の旨登記せられ更に昭和二十二年六月二十二日加入名義を訴外斎藤貞一郎に変更せられ且つ旧電話規則第三十三条に依り所属電話官署が変更せられ現に伏見局第二三一二番として開通していることが認定できる。日本電信電話公社法施行法第三条に依り昭和二十七年八月一日電気通信業務に関し国の有する権利義務を被告公社が承継したことは法規上明かである。原告は原告の出征未帰還中原告に代わり本件電話加入権を管理する実父忠進が何人に対しても先きに電話官署に届出た印章を使用することを承諾したことがないのに本件電話取扱局担当職員の過失により加入名義が他人に変更せられたのであるから法律上無効である、原告は依然として本件電話加入権者であるから被告に対し原告が右電話加入権を有することの確認を求めると共に架設費用の納付と引換えに右戦災電話の架設を求め併せて被告側の事情により架設することができないときは加入契約の履行に代わる損害賠償として金二十万円の支払を求めると主張するから按ずるに、加入契約により開通せられた電話加入権の得喪はもとより加入権者の意思表示によるも右電話加入権の移転は電話規則の定めるところに従い、当該電話加入者及び譲受人双方の連署ある電話加入権譲渡承認請求書に基いて譲渡人及び譲受人双方より当該電話加入権譲渡承認の請求がなされたときに始めて電話取扱局備付の加入電話原簿に権利移転が登録せられるのであつて加入電話取扱局のなす譲渡承認は当該電話加入権が法令に依り譲渡が制限されていない限り旧加入権者の新加入権者に対する加入契約上の権利移転に対し債務者の立場においてする承諾たる私法行為と解すべきで其の承認をするにつき電話取扱局担当職員は書面に基く形式的審査権を有するに止り譲渡人譲受人の双方につき権利移転の実体的調査をする権利並びに其の義務を有するものでないと同時に電話原簿に譲受人が加入権者として登録されるときは電話局に対する関係において譲渡人である旧加入権者は当該電話につき加入契約より離脱し電話局は専ら電話原簿に登録せられた新加入名義人に対してのみ当該電話を専用せしむべき義務を負担するものであることは電話規則第七条第八条の各規定の解釈上疑がない。従つて電話加入権譲渡承認請求書がたとい加入権者の意思に基かないで偽造せられ実体上権利移転の原因を欠くときでも当該加入電話取扱局備付の原簿に加入権者の更替が登録せられるときは旧加入名義人は新加入名義人の同意なくしては自己の権利を以て電話局に対し直接対抗することができないものと解するのを相当とする。従つて戦災により焼失した電話加入権の権利者が自己の不知の間に右加入電話の原簿上他人加入名義に登録されていることにより電話設備を復旧してこれを利用する権利を侵害されている場合は右表見加入名義人を相手方として権利の回復を請求すべきであつてたとい右加入名義の変更が加入電話取扱局職員の過誤に原因するときでも被告に対し不法行為上の責任を訴求することは格別被告に対し直ちに右電話加入契約上の義務履行を請求することができないものといわねばならない果してそうであるならば原告主張のように本件電話加入権が原告の意思に基かないで他人名義に変更せられたものとしても右電話の加入電話原簿上原告より訴外沢田収二郎に同訴外人より訴外斎藤貞一郎に移転せられ現在同訴外人が加入名義人であることが先きに認定した通りである以上原告は被告に対し右電話加入契約を以て対抗することができないこと叙上説示するところにより明白であるから原告の被告に対し右電話加入権存在の確認並びに右電話加入契約上の義務履行並びにこれに代わる損害賠償を求める本訴請求はいずれも他の争点につき逐一判断するまでもなく失当であることを免れない。よつてこれを棄却すべきものと民事訴訟法第八十九条に則り主文の通り判決する。
(裁判官 南新一)